最近すごい難しいな~って感じるときが多々あるとです。
「親しき仲にも礼儀あり」
(親しみが過ぎてなれなれしくするのは、かえって不和のもとであるということ。親しい仲でも礼儀を守ることの大切さを説く)
ある種、礼儀深さとその人との親密度は反比例するかのような反面、礼儀をなくせばいいってわけではない。
あいまいな線引きが各個人でなされているんですよね。
<ここで僕が考える礼儀例>
・感謝の気持ちをちゃんと言葉にする
・自分が迷惑をかけたらあやまる
・相手に何かしてもらうときにはお願いしている立場を忘れない。
・相手の嫌がることをしない など
書いてみるとそれこそ幼稚園でならうようなあたりまえのような気がしますが、相手と物事の程度によってはなくなりますよね。
そして僕がこの人礼儀がなさすぎるなって感じることがあるのも事実。
個人的には土台として、親しい仲でも礼儀(気遣い?)あり、ありきで行動しているつもりです。
ないやつは嫌いです。
(ただ礼儀があるなしの程度は相手が判断することでしょうね)
固い話になりますが、そもそも礼儀は相手を尊重しての行動であって、それを怠ることは傲慢だって気がします。
・・・なんていいながら礼儀がないことが親密度の高さを証明することも事実。
日々どれだけ礼儀を削って距離感を近づけれるかに頭を働かせ、その微妙な境界線を探っているとです。
(んじゃ結局何がいいたいんだって話ですが)
しかもその境界線は相手によって全然違ってきますよね~。
・・・・う~ん、難しい文化。
当然、最初は礼儀をつくして徐々に礼儀を薄めていくことになるかと思いますが最終的にはどこでラインを引くのかってのがあいまいであり、つまり礼儀と親密度に関してどう行動すべきかっていう指針がないってのは、コミュニケーション能力がうるさくいわれる現代で難しい話じゃないかと思います。
(それとも全人的ではなく、自分のキャラにあわせて自分の中でそのライン引きをすることがコミュニケーション能力があるということなのか?んじゃそのライン引きの正解不正解はだれが?相手によって違うのにでたとこ勝負なの?)
んま~結局は探り探りやっていくしかないんでしょうけどね~
何やら韓国ではそれこそ「親しき仲には礼儀なし」だそうな。
「ありがとう」「ごめん」なんて言葉はなし、気遣い無用。
それこそが親しき仲だそうです。
それはわかりやすくていいなー