最近「涼宮ハルヒの憂鬱」のDVDみながらそのブームについて日夜検証してます。
いかがお過ごしでしょうか、数少ない読者のみなさん。
今日昼寝のとき夢みました。
僕に男の子供がいて、今日のような春の暖かな陽気の中子供とサッカーしてました。すごい幸せでした。そして目を開けてブルーになりました。もし夢と現実2つのうちどちらか選べるなら夢を選んじゃうなと。
そしてふと父親について考えました、小さいころ僕にとって父親は「父親」という存在でしかなくて、自分の父親が幼少期、青年期を経て成長してきた存在だとは思っていませんでした。ばからしい話ですが。。
僕は自分に子供が生まれても自分の成長した足跡はみせてあげたいなと思いました、若いころの自分はこんな外見で、こんなことして、そしてこんなことを考えていたのだと。
写真は容姿を残せますが思いは残せません。写真もいいけどこのブログを続けていたら見せてあげよう、このブログに未だ見ぬ自分の息子へのメッセージを含ませるのも悪くないなと結婚もしていない僕は考えました。
僕は今日、そんな昼下がりの午後を過ごしました。
未だ名前もきまっていない僕の子供へ。
君がこれを読むとき僕は何歳でしょうか。
僕は幸せそうですか?
僕はちゃんと父親をやっていますか?
君は幸せですか?
・・・・
・・・
・・これはかなりいいテーマだな、なんかジーンとくるぞ。
今回は流れでここまで書いてしまいました、やめます。
まだまだ書きたい言葉はでてきますがやめます。
何か書きながら大事なところにぶつかった気がしました。
またいづれちゃんと書いてみようかなと思います。
みんなも自分の子供への手紙考えてみたらどうですか?
自分の子供となると感情移入もひとしおではないかと思います。
将来自分の子供が今の自分からの手紙を手にした時を想像すると・・・
おわり