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富の呪縛

WIRED.jpっていう最高におもしろいサイトがあるのですが、こんなつまらないブログをみているような読者のみなさんはきっと知らないだろうとおもいますので、ひとつ記事を紹介します。

「お金が人を幸せにしない理由:心理実験から」とタイトルされた本記事では、下記の研究結果を紹介しています。

われわれの研究は、人間の楽しむ能力に関しては、富を連想させるものを見るだけでも、実際に富を得るのと同じ有害な影響が生じることを示している。楽しいことを経験できるという認識を持つことは、それだけで、日常の楽しみを損なうのに十分な効果があると考えられる。

これは差異はあれ誰でも実感はあるんじゃないかと思います。
いつでもできることに対してヤル気が起きないのと一緒ですよね。

前に、稼げば稼ぐほどハッピーになれるのは年収650万円までで、それ以上だと幸福感は収入に比例しないみたいな研究結果が話題になってましたが正直僕には根拠がよくわかりませんでした。ただ、調査チームの方が「幸せは個人によって異なるからね」と正しく幸せを評価することは難しい旨を述べていたので、タイトルに踊らされた面はあるのかなと。。

一方で、今回の研究結果は、明確に人間の一般心理を表していておもしろいアプローチだと思います。

例えば、これ。

興味深いことに、事前に大量のユーロ紙幣を見せられた被験者たちは、経験を楽しむ能力のスコアが有意に低かった。この結果は、人間はただお金の画像を見るだけでも、人生の小さな喜びを楽しむことへの興味が薄れる可能性を示唆している。

また、その実例として下記を挙げています。

この研究で私が思い出すのは、アーミッシュだ。彼らは自動車やインターネットを持たず、銀行や郵便さえも利用しない。そして、幸福感を尺度で表してもらうと、アーミッシュたちの満足度はForbes400(Forbes誌が認定する世界の富豪)の満足度に匹敵するのだという。
(中略)
彼らは、最新のiPhoneや新しいレストランや流行のファッションとは関係の無い生活を送っている。それゆえに、人生の本質的な部分を楽しめる能力が優れているのかもしれない――それらは全て、お金では買えないものなのだ。

アーミッシュは米国の一部に住むキリスト教の一派で、近代以前の生活様式を守っている。
アーミッシュの子供は16歳になると、一度親元を離れて俗世で暮らす「ラムスプリンガ(rumspringa)」という期間に入る。ラムスプリンガではアーミッシュの掟から完全に解放され、特に時間制限もない。ラムスプリンガを終える際に、アーミッシュと絶縁して俗世で暮らすかどうかを選択するが、ほとんどはアーミッシュであり続けることを選択するとされる。

本当の所どうなんか、実際アーミッシュの方に聞いてみたいものです。
どっかで出会えないかな。

いくら富と幸せが最終的には比例しないと頭でわかっていても、もし目の前の人が豪遊しているのをみて、それでも幸福度を高く維持できるものでしょうか?つまりは、アーミッシュのような近代以前の生活をして幸福度を高く維持できる理由の一つに周りの人たちも同じような生活をしていることが挙げられるのではないか、ということです。

私も自称富の呪縛から逃げ出したい一人で、なるべく必要最低限で良い物を、と考えて生活しようとしています。こっちではそれが普通なのかよく誰かの自宅でディナーやお茶をしながら色々話することがあります。それもお酒なしで話しているだけでもなぜかとても楽しいですね。一方で周りには車を持って、いつも旅行にいっていいとこで外食して、という人もいます。そういうのをなんというかひとつの生活スタイルの違いとして扱えればいいのですが、嫉妬してしまいます。。。

嫉妬自体自然な感情ですので、それを達観するようになりたいなんて思いはありません。だからこそ、上のような「属するグループを選ぶ」必要もあるのではと思います。

なんていうか、
「自分の幸せが何なのか、どこに置きたいのかを知る」ことに加えて「それを実践している、もしくは実践しようとしているグループに属する(逆にいうと異なるグループには属さない)」ということも僕にとっての幸せの条件なのかもしれないですね。

てへへ

おしまい

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